パートナーシップの数理

ゲーム理論で考える「ゼロサム」と「非ゼロサム」:パートナーシップにおける得失の関係

Tags: ゲーム理論, パートナーシップ, ゼロサムゲーム, 非ゼロサムゲーム, 人間関係

パートナーシップにおける「得」と「損」の関係性をどう捉えるか

私たちの日常や仕事において、誰かとの関係性の中で「得をした」「損をした」と感じる場面は少なくありません。ある状況では、一方が得をすると必ず他方が損をするように見えます。しかし別の状況では、お互いが協力することで、それぞれがより大きな利益を得られることもあります。

このような、関係性における「得」と「損」の構造を理解することは、パートナーシップを築き、維持していく上で非常に重要です。ゲーム理論では、こうした構造を捉えるための基本的な枠組みとして、「ゼロサムゲーム」と「非ゼロサムゲーム」という考え方を提供しています。

本記事では、この二つの概念がどのようなものか、そしてそれが私たちの身の回りの人間関係やパートナーシップにどのように当てはまるのかを、難解な数式を使わずに、具体的な例を通して解説いたします。

ゼロサムゲームとは:一方が得をすれば他方が損をする構造

ゲーム理論における「ゼロサムゲーム」とは、ゲームの参加者全員の利得(得られるもの)の合計が、常にゼロになるような状況を指します。これはつまり、ある参加者が何かを得ると、その分だけ他の参加者の誰かが損をする、という関係性が成り立っている状態です。全体でパイの大きさが決まっており、そのパイをどう分け合うか、というイメージです。

非常に分かりやすい例は、二人でじゃんけんをして勝敗を決める場合です。勝った人は相手に勝ち、得点を1点得たとすれば、負けた人は相手に負け、得点を-1点失ったと考えることができます。この場合、二人の得点の合計は常に 1 + (-1) = 0 となり、ゼロサムゲームの構造を満たします。

ビジネスにおける価格交渉なども、ゼロサム的な側面を持つことがあります。例えば、売り手と買い手が商品の価格について交渉する場合を考えてみましょう。商品の生産コストが決まっているとして、売り手が高い価格で売れれば利益が増えますが、その分買い手は多くのお金を支払うことになり、支出が増えます。逆に買い手が低い価格で合意できれば支出は減りますが、売り手の利益は減少します。この価格差による得失は、売り手と買い手の間でシーソーのようにバランスが取れており、全体として見れば、一方が得た分を他方が失っているゼロサム的な側面があると言えます。(実際には市場全体の利益や長期的な関係など、非ゼロサムの要素も含まれることが多いですが、単純化すればこのように捉えられます。)

人間関係においては、限られた資源や機会を巡って競争するような状況にゼロサム的な構造が現れることがあります。例えば、一つのポストを争う昇進試験、あるいは人気のある一品を巡る争奪戦などは、勝者と敗者が明確に分かれるゼロサム的な側面を持っています。

非ゼロサムゲームとは:協力によって全体が変わる構造

これに対して、「非ゼロサムゲーム」は、参加者全員の利得の合計がゼロにならない状況を指します。つまり、参加者全員の利得の合計がプラスになることもあれば、マイナスになることもある、ということです。これは、一方が得をしても他方が必ず損をするわけではなく、お互いの戦略や行動によって、全体としてのパイの大きさが変わる可能性があることを意味します。

非ゼロサムゲームの代表例として、共同でのプロジェクト遂行が挙げられます。例えば、二人のエンジニアが協力して一つのソフトウェア開発に取り組む場合を考えてみましょう。それぞれが単独で開発を行うよりも、お互いの得意な分野を活かし、知見を共有し、協力して作業を進めることで、より早く、より質の高い成果物を完成させられるかもしれません。この場合、二人が協力したことで、それぞれが得られる評価や達成感、スキルアップといった利得の合計は、単独で作業した場合の合計よりも大きくなる可能性があります。これは利得の合計がプラスになる非ゼロサムゲームの典型的な例です。

パートナーシップにおいても、非ゼロサムの関係性は多く見られます。例えば、夫婦がお互いの役割を分担し、家事や育児、仕事などを協力して行うことで、個々が感じる負担が減り、全体としての満足度や幸福度が高まる場合があります。あるいは、友人同士が互いの相談に乗り、励まし合うことで、それぞれが困難を乗り越えたり、新たな気づきを得たりすることもあるでしょう。これらは、一方が何かを失うことなく、お互いが協力することで共に利益(物理的なものだけでなく、精神的なものや機会なども含む)を得られる非ゼロサム的な関係性です。

「囚人のジレンマ」も、非ゼロサムゲームの有名な例です。お互いが協力(黙秘)すれば二人にとって最善の結果が得られる可能性がある一方で、裏切り(自白)という選択肢も存在し、個々の利得の合計が協力する場合と裏切る場合とで変化します。

なぜゼロサムか非ゼロサムかを意識することが重要なのか

関係性や状況がゼロサム的な構造を持っているのか、それとも非ゼロサム的な構造を持っているのかを意識することは、私たちが取るべき戦略やコミュニケーションのあり方に大きな影響を与えます。

もし状況をゼロサムゲームだと捉えるなら、相手は自分の利得を奪う競争相手だと認識し、自分の利益を最大化するためには相手に勝つ必要がある、と考えるかもしれません。この場合、自然と競争や対立の戦略を選びがちになります。

一方、状況が非ゼロサムゲームである可能性に気づくことができれば、相手との協力によって、全体としてのパイを大きくし、結果として自分も相手もより多くの利益を得られる選択肢があることに目を向けられます。対立ではなく、協力や共同による解決策を探る方向へと意識が変わるでしょう。

特に人間関係やビジネス上の長期的なパートナーシップにおいては、表面的な取引がゼロサム的に見えても、信頼関係の構築や情報の共有、共同での新しい価値創造など、非ゼロサム的な要素が多く含まれています。これらの非ゼロサムの可能性を見出し、活かすことが、より良好で持続可能な関係性を築く鍵となります。

状況をゼロサムだと決めつけず、「協力することで、お互いにとってより良い結果を生み出せる可能性はないだろうか」と考える視点を持つことが、非ゼロサムゲームにおける重要な姿勢と言えるでしょう。

まとめ

ゲーム理論におけるゼロサムゲームと非ゼロサムゲームという分類は、私たちが日々経験する人間関係やパートナーシップにおける「得」と「損」の関係性を理解するための強力なツールです。

一方が得をすれば他方が損をするゼロサム的な状況もあれば、お互いが協力することで全体としての利益を増やせる非ゼロサム的な状況もあります。これらの構造を意識的に見分けることで、私たちは単なる競争や対立に終始するのではなく、協力による新たな可能性を探ることができるようになります。

日々のコミュニケーションや意思決定において、「この状況はゼロサムだろうか、それとも非ゼロサムの可能性を秘めているだろうか?」と立ち止まって考えてみることで、パートナーシップの力学をより深く理解し、より建設的な関係を築くためのヒントが見つかるかもしれません。