相手の行動を見てから決める:ゲーム理論「展開型ゲーム」入門
時間を追って決まる関係性を読み解く
私たちの日常における人間関係やパートナーシップでは、お互いの行動が順番に決まっていく場面が多くあります。例えば、パートナーを食事に誘うか、誘われたら行くか行かないか。共同で何かを始めるとき、どちらが先に何を提案するか。あるいは、意見が対立したときに、相手の出方を見てから自分の次の行動を決める、といった状況です。
このような、時間的な順序を伴う意思決定の状況を分析するのに役立つのが、ゲーム理論における「展開型ゲーム」という考え方です。これまでの記事でご紹介した「戦略型ゲーム」が、参加者が同時に行動を決める状況を想定しているのに対し、展開型ゲームは文字通り「展開」つまり時間の流れの中で、誰がいつ、どのような情報に基づいて行動を決めるかをモデル化します。
今回は、この展開型ゲームの基本的な考え方と、それが私たちの日常の関係性を理解するためにどのように役立つのかをご紹介いたします。数学的な難しさは避け、概念的な理解に重点を置きますのでご安心ください。
展開型ゲームとは何か
展開型ゲームは、参加者(プレイヤー)が順番に手番を持って意思決定を行う状況を分析するためのゲーム理論のモデルです。チェスや将棋のように、一手ずつ順番に行動を決めるゲームをイメージすると分かりやすいかもしれません。ただし、日常の人間関係は、必ずしも明確なルールや手番が決まっているわけではありませんが、考え方を応用することは可能です。
展開型ゲームの重要な要素はいくつかあります。
- プレイヤー: ゲームに参加し、意思決定を行う主体です。人間関係においては、自分自身やパートナー、友人、同僚などがプレイヤーとなります。
- 決定点(ノード): プレイヤーが行動を選択する時点や状況を表します。
- 枝(ブランチ): 各決定点から伸びる線で、プレイヤーが選択できる行動の候補を表します。
- 利得: ゲームが終了したときに、各プレイヤーが得られる結果や満足度を表します。戦略型ゲームと同様に、数値で表すことが多いですが、ここでは概念として捉えます。
これらの要素を使って、ゲームの進行を「ゲームツリー」と呼ばれる図で表現することが一般的です。
ゲームツリーで関係性の流れを見る
ゲームツリーは、展開型ゲームの構造を視覚的に表現したものです。木の枝のように広がる図で、ゲームの開始から終了までの可能な進行経路を示します。
簡単な例として、「AさんがBさんをランチに誘う」という状況を考えてみましょう。
- 開始: ゲームが始まります。
- Aさんの決定点: Aさんは「誘う」か「誘わない」かを選択します。
- もしAさんが「誘わない」を選択した場合、ゲームはそこで終了し、お互い特に変化はありません。それぞれの利得(例えば時間やお金の消費なし)が決まります。
- もしAさんが「誘う」を選択した場合、次のBさんの決定点に移ります。
- Bさんの決定点: BさんはAさんの誘いを受けて「行く」か「行かない」かを選択します。これは、Aさんが「誘う」という行動を取った後に初めて発生する決定点です。
- Bさんが「行く」を選択した場合、一緒にランチに行き、それぞれがランチによる満足度や費用に応じた利得を得ます。
- Bさんが「行かない」を選択した場合、ランチには行かず、それぞれが別の行動を取った場合の利得を得ます。Aさんは誘いを断られたことによる利得、Bさんは断ったことによる利得です。
この一連の流れを、開始時点から枝分かれしていくツリー図で表現できます。図の終端には、その経路をたどった場合のAさんとBさんの利得をそれぞれ記載します。
このようにゲームツリーを用いると、どのような行動の選択肢があり、それぞれの選択がどのような結果(利得)につながるのかが整理され、関係性の可能な「展開」が一目で分かります。
最適な行動を考える:逆向き帰納法
展開型ゲームを分析する上で非常に強力な考え方に、「逆向き帰納法」があります。これは、ゲームツリーを一番最後(終端)から逆向きに考えていくことで、プレイヤーが合理的に考えた場合にどのような行動を選択するはずかを導き出す手法です。
先ほどのランチの例で考えてみましょう。
- 最後の決定点から考える: Bさんの決定点(Aさんが誘った後)から考えます。Bさんは「行く」か「行かない」かのどちらかを選びます。Bさんは自身の利得がより高くなる方を選ぶはずです。もし「行く」方が「行かない」よりも満足度などの利得が高いなら、Bさんは「行く」を選ぶでしょう。逆に「行かない」方が利得が高いなら、「行かない」を選びます。
- 一つ前の決定点に戻る: 次に、Aさんの決定点(ゲームの開始時点)に戻ります。Aさんは「誘う」か「誘わない」かを選びます。ここでAさんが考えるのは、「もし自分が『誘う』を選んだら、その後にBさんは何を最も合理的に選ぶだろうか?」ということです。逆向き帰納法で、Bさんが最も合理的に選ぶ行動(前のステップで特定したもの)が分かっているので、Aさんはその後のBさんの行動を予測できます。そして、Aさんは「誘う」を選んだ結果として予測される利得と、「誘わない」を選んだ場合の利得を比較し、自身の利得が最大になる方を選択するでしょう。
このように、ゲームの終盤から順番に、その時点のプレイヤーにとって最適な選択肢を特定していき、さかのぼることで、ゲーム全体の合理的な進行予測や、最初のプレイヤーが取るべき最適な行動を導き出すのが逆向き帰納法の基本的な考え方です。
人間関係においては、これは相手の反応を予測し、それに基づいて自分の行動を決定するという、私たちが普段無意識に行っているプロセスに似ています。「もし私がこう言ったら、相手はこう反応するだろう。そうなると私にとっての結果はこうなる。だから、言うべきか言わないべきか」という考え方です。
パートナーシップへの応用:先を読む力
展開型ゲームの考え方は、人間関係における多くの場面で応用できます。
- 交渉: どちらが先に条件を提示するか、相手がその条件を受け入れなかった場合にどうするか、といった一連のやり取りを分析する際に役立ちます。相手の立場や考え方を予測し、ゲームツリー上で可能な展開とその結果をシミュレーションすることで、より有利な交渉戦略を立てることが可能になります。
- 長期的な関係構築: 一度きりのやり取りだけでなく、将来にわたって繰り返される可能性のある相互作用を考える際にも、展開型ゲームの考え方が示唆を与えます。今日の行動が将来の相手の反応や関係性にどう影響するかを先読みする視点を持つことができます。
- コミュニケーション: どのような言葉を選び、どのタイミングで伝えるか。相手の反応に応じてどのように応答するか。このようなコミュニケーションの「流れ」を、展開型ゲームの決定点と枝として捉えることで、より意図した結果に繋がりやすい対話を設計する助けになります。
展開型ゲームは、単に勝敗を決めるだけでなく、「相手の視点を理解し、将来の展開を予測して、自分にとって最も望ましい結果に繋がる行動を戦略的に選択する」ためのフレームワークを提供してくれます。
まとめ
ゲーム理論の展開型ゲームは、時間的な順序を追って意思決定が行われる状況を分析するための強力なツールです。ゲームツリーを用いて関係性の可能な展開を整理し、逆向き帰納法によって相手の合理的な行動を予測し、自身の最適な戦略を見つけ出すことができます。
数式を使わずとも、このようなゲーム理論の考え方を理解することで、私たちは日々の人間関係における交渉やコミュニケーション、共同での意思決定において、より深く、より戦略的に状況を捉えることができるようになります。相手の行動を見てから決める、あるいは相手にどのような行動を取らせたいかを考えながら自分の最初の行動を決める。展開型ゲームの視点は、パートナーシップの力学を理解し、より良い関係性を築くための新たな扉を開いてくれるでしょう。