パートナーシップの数理

ゲーム理論「安定マッチング」入門:人間関係で「互いが納得する組み合わせ」を見つける考え方

Tags: ゲーム理論, マッチング理論, 安定マッチング, 人間関係, パートナーシップ, 意思決定

日常の「誰と組むか?」を考える

私たちは日々の生活の中で、「誰とペアを組むか」「どのチームに入るか」「誰をパートナーに選ぶか」といった、様々な「組み合わせ」についての意思決定を行っています。これらの決定は、時にはスムーズに進むこともあれば、なかなか最適な組み合わせが見つからなかったり、せっかく決まった組み合わせがすぐに崩れてしまったりすることもあります。

こうした「組み合わせ」に関する問題は、ゲーム理論の一分野である「マッチング理論」という視点から捉え直すことができます。マッチング理論は、人やモノ、組織などをどのように組み合わせれば、関係がうまくいき、長続きするかを考えるための理論です。今回は、このマッチング理論で重要な考え方の一つである「安定マッチング」について、人間関係の例を通してご紹介したいと思います。

マッチング理論と「安定マッチング」とは

マッチング理論が扱うのは、二つの異なるグループがあり、それぞれのグループのメンバーが互いに相手を選び合う状況です。例えば、

などです。

このような状況で考えられる「組み合わせ(マッチング)」のうち、特に望ましいとされる状態の一つが「安定マッチング」です。

では、「安定」とはどういう状態を指すのでしょうか。簡単に言うと、「安定マッチング」とは、その組み合わせから、どのペアも、そしてどのペアでない個人同士も、自発的に離脱したり、別の相手と新しくペアを組んだりしようとしない状態のことを言います。

「安定」ではない組み合わせとは?

逆に、「安定ではない(不安定な)」組み合わせは、どのような状態でしょうか。それは、現在のペアや、あるいはまだペアになっていない個人たちの間に、以下のような状況が存在する場合です。

  1. 現在のペアが、お互いにもっと良い相手がいると感じている場合 例えば、AさんとBさんが現在ペアを組んでいるとします。しかし、AさんはCさんと組んだ方が自分にとって望ましいと感じており、同時にBさんもDさんと組んだ方が自分にとって望ましいと感じている場合です。この場合、AさんとBさんのペアは、それぞれが別の相手を求めているため、不安定であると言えます。
  2. 現在ペアを組んでいない、あるいは別の相手とペアを組んでいる個人同士が、お互い「今の状況より、自分たちでペアを組む方が望ましい」と感じている場合 これが、「安定マッチング」を考える上で特に重要な「不安定性」の定義です。例えば、Aさんは現在Bさんとペアを組んでおり、CさんはDさんとペアを組んでいるとします。このとき、もしAさんが「今のパートナーBさんよりCさんと組みたい」と思っており、同時にCさんも「今のパートナーDさんよりAさんと組みたい」と思っている場合、AさんとCさんのペアは存在しませんが、彼らは互いに今の組み合わせから離脱し、新しくペアを組もうとする誘因(動機)が生まれます。このような、既存の組み合わせを「出し抜こう(blocking)」とするペアが存在する場合、そのマッチングは「不安定」であるとされます。

つまり、「安定マッチング」とは、このような「出し抜きペア」が存在しない状態なのです。全員が「今の相手(あるいは今のペアになっていない状態)で十分満足している」というわけではありません。しかし、誰か別の相手と二人だけで新しいペアを組もうとしても、その相手も自分を同じように強く求めていないため、「二人そろってより良い相手へ移る」という動きが起きない状態なのです。

人間関係における「安定マッチング」の考え方

この「安定マッチング」の考え方を人間関係に当てはめてみると、興味深い視点が得られます。

例えば、あるプロジェクトで複数のメンバーが協力して作業分担を決める場面を想像してみてください。メンバーそれぞれに得意なことややりたい作業があり、また特定のメンバーとは組みやすい、あるいは組みにくいといった相性もあるかもしれません。もし、決定された作業分担(組み合わせ)が「安定」でない場合、どうなるでしょうか。

あるメンバーAさんと、別の担当になったメンバーCさんがいたとします。もしAさんが「今の担当パートナーよりCさんと組んであの作業をやりたい」と感じており、同時にCさんも「今の担当パートナーよりAさんと組んであの作業をやりたい」と感じているなら、彼らは内密に相談して担当を替えようとするかもしれません。これが起きると、当初決めた組み合わせが崩れ、プロジェクト全体に混乱が生じる可能性があります。

一方、「安定マッチング」に近い状態であれば、そのような「二人だけが得をするから抜け駆けしよう」という誘因が生まれにくくなります。それぞれのメンバーが「今の組み合わせがベストではないかもしれないが、少なくとも、他の特定の誰かと二人だけで組んで今の状況より劇的に良くなるような組み合わせはないな」と感じられる状態です。

「安定」な組み合わせを見つける難しさ

もちろん、現実の人間関係は複雑で、単純に「安定マッチング」を計算すれば全てがうまくいくわけではありません。人の好みは時間とともに変わりますし、相手の好みや考えを正確に知ることも難しいからです。また、「安定マッチング」は一つだけではない場合もありますし、必ずしも全員が最高の満足を得られる組み合わせとは限りません。

しかし、「安定マッチング」という考え方は、「良い組み合わせ」を考える上で重要な示唆を与えてくれます。それは、単に「自分にとって一番良い相手」を選ぶだけでなく、「相手も自分を選んでくれるか」「互いにとってより良い組み合わせが存在しないか」という、相互の評価や関係性を考慮することの重要性です。自分だけが相手を強く望んでも、相手がそう思っていなければ、その関係は不安定になりやすいのです。

まとめ

ゲーム理論における「安定マッチング」の概念は、私たちの身の回りにある様々な「組み合わせ」の問題、特に人間関係におけるパートナー選びやチームビルディングを考える上で、新たな視点を提供してくれます。それは、関係の安定性を築くためには、単に個人の満足を追求するだけでなく、相手との相互の評価や、他の選択肢との比較において、「互いが納得できる」状態を目指すことが大切であるという考え方です。

数学的なアルゴリズムの話には踏み込みませんでしたが、この「安定」という考え方そのものが、人間関係における関係構築や維持のヒントになるのではないでしょうか。