パートナーシップの数理

ゲーム理論で考える「相手の視点」:行動の背後にある判断基準を推測する

Tags: ゲーム理論, 人間関係, 意思決定, 戦略的思考

私たちは日常生活の中で、様々な人の行動に接しています。「なぜあの人はあんな発言をしたのだろう」「どうしてこのタイミングでこうしたのだろう」と、相手の行動の真意や意図が分からず、疑問に思うことは少なくありません。特に、共同で何かを進めるパートナーシップにおいては、お互いの考えが見えないことが、すれ違いや誤解の原因となることもあります。

このような時、ゲーム理論の考え方が、相手の行動の背後にある「視点」や「判断基準」を推測するためのヒントを与えてくれることがあります。ゲーム理論は、複数のプレイヤーがいる状況での、各自の意思決定や相互作用を分析するための数学的な枠組みですが、その基本的な考え方は、必ずしも難しい数学を使わずに、人間関係の理解に応用することが可能です。

相手の行動を「ゲーム」として捉える視点

ゲーム理論では、意思決定を行う主体を「プレイヤー」と呼びます。そして、各プレイヤーは複数の「戦略」(取りうる行動や選択肢)の中から一つを選びます。その戦略選択の結果によって、各プレイヤーはそれぞれ「利得」(得られる結果や満足度、目的達成度など)を得ると考えます。

この考え方を人間関係に当てはめてみましょう。相手もある状況における「プレイヤー」です。そして、私たちに見えている相手の「行動」は、相手が多数の「戦略」の中から選んだ結果です。相手がなぜその戦略を選んだのかを理解するためには、相手がどのような「利得」を最大化しようとしているのか、つまり何を重視し、何を避けたいと思っているのかを推測することが重要になります。

例えば、共同でプロジェクトを進めているパートナーが、ある提案に対して消極的な態度を示したとします。この時、単に「反対された」と捉えるのではなく、ゲーム理論的な視点から「相手はなぜこの戦略(消極的な態度)を選んだのだろう?」と考えてみます。

パートナーが消極的な態度を選んだのは、おそらくその戦略が、パートナーにとって最も望ましい「利得」をもたらすと判断したからでしょう。それは、提案を受け入れることによって発生するリスクを懸念しているのかもしれませんし、別の方法の方がより効率的だと考えているのかもしれません。あるいは、過去の経験から慎重になっているのかもしれません。

相手の「利得」を推測する手がかり

相手の「利得」は目に見えませんが、いくつかの手がかりから推測することが可能です。

  1. 過去の行動傾向:相手がこれまでどのような状況でどのような選択をしてきたか。リスクを取るタイプか、安定を好むタイプか。協調を重視するか、自己主張を強くするか。
  2. 置かれている状況や役割:相手が組織の中でどのような立場にいるか。その立場がどのような責任や目標を伴うか。
  3. 言葉による説明:相手が行動について何を語るか。懸念点や重視している点を直接尋ねてみることも有効です。
  4. 私たちの行動に対する反応:私たちが取った行動に対して、相手がどのように反応するかを見ることで、相手が何を「良い結果」、何を「悪い結果」と捉えているかのヒントが得られます。これはゲーム理論でいう「最適反応」の考え方とも関連します。相手は私たちの行動に対して、自分にとって最も利得の高い行動を選ぼうとするはずです。その「最適反応」から、相手が何を重視しているのかを逆算的に考えることができます。

例えば、あなたが「週末に映画を観に行こう」とパートナーに提案したとします。パートナーが「家でゆっくりしたいな」と答えた場合、パートナーの「利得」として「外に出かけることによる準備や移動の労力を避けたい」「家でリラックスすることによる満足度を高めたい」といった要素が考えられます。この推測に基づけば、「映画」という選択肢だけでなく、「家で一緒に映画を観る」「少し近所を散歩する」といった代替案が、お互いの利得をより高める選択肢になるかもしれません。

「相手の視点」理解の難しさと限界

もちろん、他人の頭の中を完璧に理解することはできません。相手の「利得」を正確に知ることは難しく、推測はあくまで推測です。また、人間は必ずしもゲーム理論で想定されるような完全に合理的な判断だけをするわけではありません。感情や直感、過去の経験などが複雑に影響します(これはゲーム理論の「限定合理性」という概念にもつながります)。

しかし、ゲーム理論の基本的な枠組み、つまり「相手も何らかの目的(利得)を持って、複数の選択肢(戦略)の中から一つを選んでいる」という視点を持つことは、相手の行動に対する一方的な不満や誤解を減らし、「相手は一体何を考えているのだろう?」と建設的に考えるきっかけを与えてくれます。

まとめ

日常的な人間関係やパートナーシップにおいて、相手の行動の理由が分からず困惑することはよくあります。ゲーム理論の「プレイヤー」「戦略」「利得」といった基本的な考え方を借りることで、相手の行動を、その人にとっての「利得」を最大化するための「戦略選択」として捉え直すことができます。

相手が何を重視し、何を避けたいと思っているのか、その「利得」を推測することは難しい挑戦ですが、過去の行動や状況、言葉、そして私たちの行動への反応といった手がかりから推測を試みることができます。

この視点を持つことで、相手の行動を単なる「嫌がらせ」や「理解不能なもの」として片付けるのではなく、その背後にある相手なりの「判断基準」や「論理」を探ろうとする姿勢が生まれます。それが、より円滑なコミュニケーションや、お互いにとってより良い関係性を築くための第一歩となるでしょう。ゲーム理論は、他者の行動を理解し、自身の戦略を考える上での、一つの有力な思考ツールになり得るのです。