ゲーム理論:静学ゲームと動学ゲームの違いを人間関係で理解する
日常の意思決定に見る「同時」と「順序」の違い
私たちの日常生活や、パートナーシップにおける様々な場面では、私たちは常に何らかの意思決定を行っています。その意思決定のタイミングには、大きく分けて二つのパターンがあることにお気づきでしょうか。
一つは、自分と相手が同時に何かを決める必要がある場合。例えば、パートナーと週末に何を観に行くか、お互いの希望を同時に紙に書いて見せ合うような状況です。相手が何を選んだかを知る前に、自分の選択を確定させる必要があります。
もう一つは、自分と相手が順番に何かを決める場合。例えば、パートナーが夕食のメニューを提案し、それに対して自分が賛成するか別の案を出すかを決めるような状況です。相手の提案を聞いてから、自分の行動を考えることができます。
ゲーム理論では、このような意思決定のタイミングや構造の違いに応じて、ゲームを分類して分析します。それが、「静学ゲーム」と「動学ゲーム」という考え方です。これらの概念を知ることで、人間関係における様々な駆け引きや協力の構造を、より深く理解するためのヒントが得られます。
静学ゲームとは?「同時に決める」世界の意思決定
静学ゲームとは、ゲーム理論において、プレイヤーたちが同時に(あるいは、お互いが相手の戦略選択を知らない状態で)自分の戦略を選択するような状況をモデル化したものです。ここでの「同時」は必ずしも物理的な時間の同じ瞬間を指すわけではなく、「相手が何を選んだかを知る前に、自分も選択を完了させる必要がある」という意味合いが強いです。
静学ゲームの構造を理解する
静学ゲームを考える際には、主に以下の要素を明確にします。
- プレイヤー: 意思決定を行う主体です。人間関係であれば、あなたやパートナー、あるいは関係する他の人々です。
- 戦略: 各プレイヤーが選択できる行動の候補です。週末に観たい映画の候補などがこれにあたります。
- 利得: 各プレイヤーがそれぞれの戦略の組み合わせを選んだ結果として得られる結果や満足度などを数値で表したものです。(数値を使わない場合でも、結果の良し悪しとして概念的に捉えます)
この構造は、しばしば「利得行列」という表を使って整理されます。例えば、あなたとパートナーが映画Aか映画Bを同時に選ぶ場合、それぞれの選択肢の組み合わせに対して、お互いがどれくらい満足するかを表で示します。ここで重要なのは、あなたもパートナーも、相手がどちらの映画を選ぶかを知らずに、自分の選択を決定しなければならない点です。
静学ゲームの人間関係における例
- 友人からの同じパーティーへの誘い: あなたとパートナーが、それぞれ共通の友人から同じパーティーに誘われました。パートナーが行くかどうかをあなたも知らず、あなたが行くかどうかをパートナーも知りません。お互いに相手が行くと思うか、行かないと思うかを推測しながら、自分が行くか行かないかを決めます。
- プロジェクトでの締め切り設定: チームメンバーそれぞれが、他のメンバーの進捗状況や予定を詳しく知らないまま、自分のタスクの締め切りを設定する必要がある場面です。お互いが設定した締め切りが、後から全体として無理のないスケジュールになっているか確認することになります。
これらの例では、相手の出方を正確に知ることはできません。そのため、自分がどう動くかを決める際には、「もし相手がこう選択したら、自分はどうなるか」「相手は自分がどう選択すると予測しているだろうか」といった、相手の立場や思考の推測が重要になります。
動学ゲームとは?「順番に決める」世界の意思決定
一方、動学ゲームは、プレイヤーたちが順番に戦略を選択するゲームです。後のプレイヤーは、前のプレイヤーがどのような戦略を選択したかを知った上で、自分の戦略を決定することができます。
動学ゲームの構造を理解する
動学ゲームでは、意思決定の順序と、その時点までに明らかになっている情報が重要になります。
- プレイヤー: 同上。
- 戦略: 同上。ただし、動学ゲームでは、後のプレイヤーの戦略は「前のプレイヤーの行動に応じた行動計画」として定義されることがあります。
- 利得: 同上。
動学ゲームの構造は、しばしば「ゲームツリー」と呼ばれる図で表現されます。これは、ゲームの開始点から始まり、各プレイヤーの可能な選択肢と、それに続くゲームの展開、そして最終的な結果(利得)を枝分かれした形で示すものです。このツリーを見ることで、プレイヤーはゲームのどの段階で、誰がどのような選択肢を持っているかを視覚的に把握できます。
動学ゲームの人間関係における例
- パートナーからの提案への応答: パートナーが「週末はドライブに行こうか」と提案しました。あなたは、その提案を聞いた上で、「いいね!」と賛成するか、「いや、家でゆっくりしたいな」と別の希望を伝えるか、あるいは「雨だったらどうする?」と質問で返すかなど、様々な応答を選択できます。パートナーの提案という「前の手番の行動」を見てから、あなたの「次の手番の行動」を決めることができます。
- 職場での指示と実行: 上司が部下にあるタスクを依頼しました。部下は、上司からの依頼内容を聞いてから、そのタスクを引き受けるか、現在の状況を説明して調整をお願いするか、といった行動を決定します。上司の指示が最初の行動であり、部下の応答がそれに続く行動となります。
動学ゲームでは、後の手番のプレイヤーは先行するプレイヤーの行動に反応することができます。この構造を理解すると、単に今の最善手だけでなく、将来の展開を先読みして、自分が最初にどう動くべきか、あるいは相手がどう動いたら自分はどう反応すべきかを考えることが重要になります。
静学ゲームと動学ゲームの違いが人間関係理解に役立つ理由
静学ゲームと動学ゲームという分類は、一見すると単純なようですが、私たちの日常や人間関係における意思決定の構造を捉える上で非常に役立ちます。
- 状況の明確化: 今直面している人間関係の状況が、お互いが相手の出方を知らずに決める「静学ゲーム」的な構造なのか、それとも一方が行動を起こし、もう一方がそれを見てから対応する「動学ゲーム」的な構造なのかを意識することで、状況をよりクリアに理解できます。
- 戦略の立て方: 状況が静学ゲームであれば、「相手がどう考えるか」を推測し、その推測に基づいた自分の最善手を探るアプローチが有効かもしれません。一方、状況が動学ゲームであれば、相手の次の手、そのまた次の手...と、将来の展開を予測した上で、現在の行動を選ぶ「先読み」のアプローチが重要になります。
- コミュニケーションのヒント: 静学ゲーム的な状況では、互いに情報がないことが問題となる場合があります。意図的に情報を共有したり、事前のすり合わせを行ったりすることで、ゲームの構造を変化させ、より良い結果に繋がる可能性もあります。動学ゲーム的な状況では、最初の行動がその後の展開に大きな影響を与えるため、最初の行動を慎重に選ぶこと、あるいは相手の最初の行動を注意深く観察することが重要になります。
まとめ
ゲーム理論における静学ゲームと動学ゲームという概念は、「同時に決める」状況と「順番に決める」状況という、日常でよく見られる意思決定の二つのタイプを捉えるための強力なツールです。
人間関係やパートナーシップにおいて、今自分が直面している状況がどちらのゲームに近いのかを考えてみてください。それは、相手の立場を推測し、自分の行動を考える上で、新たな視点を与えてくれるはずです。ゲーム理論は、このように私たちの身の回りの様々な出来事を、論理的な構造として捉え直す手助けをしてくれます。数学的な詳細に踏み込まなくても、これらの基本的な考え方を知るだけで、人間関係の力学に対する理解を深めることができるでしょう。