パートナーシップの数理

ゲーム理論で考える人間関係の「分け前」と「公平さ」:「最後通牒ゲーム」と「独裁者ゲーム」から

Tags: ゲーム理論, 最後通牒ゲーム, 独裁者ゲーム, 公平性, 人間関係, 意思決定

日常の「分け前」や「公平さ」をゲーム理論で考えてみる

私たちは日々の生活の中で、様々な形で「分け前」や「公平さ」に直面しています。友人との食事代の割り勘、共同で行ったプロジェクトの成果の配分、兄弟や家族間での遺産分割など、誰かと何かを分け合う場面は少なくありません。そして、その「分け方」が公平だと感じられるかどうかは、その後の人間関係に少なからず影響を与えます。

このような「分け前」や「公平さ」を巡るやり取りは、ゲーム理論という視点から捉えることができます。ゲーム理論は、複数の意思決定主体(プレイヤー)が存在し、それぞれの行動の結果が相互に影響し合う状況を数学的に分析する学問ですが、複雑な数式を使わなくても、その考え方は私たちの日常的な人間関係を理解する上で非常に役立ちます。

今回は、特にシンプルながらも人間関係における「分け前」や「公平さ」というテーマに深い洞察を与えてくれる二つのゲーム、「最後通牒ゲーム」と「独裁者ゲーム」をご紹介します。これらのゲームを通して、ゲーム理論の基本的な考え方と、実際の人間がどのように振る舞うのか、そしてそこに「合理性」以外のどんな要素が関わっているのかを見ていきましょう。

ゲーム理論の基本的な考え方

ゲーム理論では、複数の人が関わる意思決定の状況を「ゲーム」と捉えます。ゲームには、意思決定を行う「プレイヤー」、それぞれのプレイヤーが取りうる行動の選択肢である「戦略」、そしてプレイヤーの戦略の組み合わせによって決まる結果に対する各プレイヤーの「利得」という三つの基本的な要素があります。

ゲーム理論の最も基本的な仮定の一つに、「プレイヤーは合理的である」というものがあります。これは、プレイヤーが自身の利得を最大化するように戦略を選ぶ、という意味です。非常にシンプルで強力な仮定ですが、実際の人間関係では、この「合理性」だけでは説明できない行動が多く見られます。特に、「分け前」や「公平さ」を巡る場面では、感情や社会的な規範が意思決定に大きな影響を与えることが知られています。

最後通牒ゲーム:拒否権が公平さを生む?

まずは「最後通牒ゲーム」をご紹介しましょう。これは二人で行う非常にシンプルなゲームです。

  1. ゲームの開始時、一定の金額(例えば1000円)があります。
  2. プレイヤーは二人、「提案者」と「応答者」です。
  3. まず提案者が、その金額を自分と応答者でどのように分け合うかを提案します(例:提案者が900円、応答者が100円)。提案者は、0円から全額までの任意の金額を提案できます。
  4. 次に応答者は、提案された分け前を受け入れるか、拒否するかを決めます。
  5. 応答者が受け入れた場合、提案通りの分け前で金額が得られます。
  6. 応答者が拒否した場合、どちらのプレイヤーも1円も得られません

このゲームをゲーム理論の「合理性」の観点から分析してみましょう。応答者は、提案を受け入れれば提案された金額を得られますが、拒否すれば何も得られません。合理的な応答者は、たとえ1円でも、ゼロより大きい金額が提案されれば受け入れるはずです。なぜなら、1円でも得られる方が、拒否して何も得られないより「合理的」だからです。

応答者が合理的に振る舞うことを予測すると、提案者はどう考えるでしょうか。提案者は自分の利得を最大化したいので、応答者が受け入れる最低限の金額を提案し、残りを全て自分のものにしようとするはずです。つまり、提案者は応答者に可能な限り少ない金額(例えば1円)を提案し、自分がほとんどの金額(例えば999円)を得ようとするのが、ゲーム理論における合理的な予測となります。

しかし、実際の人間を使った最後通牒ゲームの実験結果は、この予測とは大きく異なることが知られています。多くの実験では、提案者は全額の40%~50%程度を応答者に提案する傾向があり、応答者は提案された金額が全体の20%~30%を下回ると、たとえ自分が何も得られなくなるとしても、その提案を拒否する傾向が見られます。

これはなぜでしょうか? ここに、ゲーム理論の「合理性」だけでは捉えきれない人間の側面が見えてきます。応答者は、不公平だと感じる提案に対して「怒り」や「不満」といった感情を抱き、たとえ自身の利得を犠牲にしてでも、その不公平な提案を「罰したい」と考える傾向があるのです。提案者もそれをある程度予測するため、自分が拒否されないように、ある程度公平だと感じられる提案をするようになります。

このゲームは、人間関係において相手に「拒否権」がある場合、単純な利得の最大化だけでなく、「公平さ」への配慮が、円滑なやり取りや合意形成のために重要になることを示唆しています。共同での作業の報酬を分け合う際、相手の貢献度や期待値を無視した提案をすれば、たとえ相手が困窮していても、その関係性自体が損なわれる可能性があるということです。

独裁者ゲーム:拒否権がないとどうなる?

次にご紹介する「独裁者ゲーム」は、最後通牒ゲームから応答者の「拒否権」を取り除いたゲームです。

  1. ゲームの開始時、一定の金額(例えば1000円)があります。
  2. プレイヤーは二人、「提案者」と「応答者」です。
  3. 提案者が、その金額を自分と応答者でどのように分け合うかを提案します。
  4. 応答者は、提案された分け前を受け入れるしかありません。 拒否することはできません。
  5. 提案通りの分け前で金額が得られます。

このゲームをゲーム理論の「合理性」の観点から分析すると、どうなるでしょうか?応答者には拒否する選択肢がありません。何を提案されても受け入れるしかないのです。合理的な提案者は、自分の利得を最大化するために、応答者に0円を提案し、全額を自分のものにするのが最も合理的な戦略となります。

では、実際の人間を使った独裁者ゲームの実験結果はどうでしょうか。驚くべきことに、多くの実験では、提案者の約60%~70%が応答者にある程度の金額(平均して全体の約20%)を分け与える傾向が見られます。中には全額を自分のものにする人もいますが、一定割合の人が応答者にも金額を分け与えるのです。

この結果は、人間が必ずしも自身の利得だけを追求する「完全合理的な存在」ではないことを示しています。応答者に拒否権がないにも関わらず分け与える行動の背景には、「利他性」や「社会規範」といった要素が影響していると考えられます。たとえ見返りがなくても、他者に何かを与えたいという気持ちや、「他者にも分け与えるべきだ」という社会的な期待や内的な規範が働く可能性があるのです。

独裁者ゲームは、人間関係において立場の上下や拒否権の有無に関わらず、無償の親切心や、特定の社会規範に基づいた行動が見られることを示唆しています。例えば、上司が部下に対して、業務上の指示以上のサポートをする場合や、ボランティア活動のように直接的な見返りを求めずに他者のために行動する場合などがこれにあたるかもしれません。

二つのシンプルなゲームから学ぶこと

最後通牒ゲームと独裁者ゲームは、非常にシンプルながら、ゲーム理論の「合理性」という強力な分析ツールだけでは捉えきれない、人間の複雑な意思決定の一端を示しています。

これらのゲームの結果は、実際の人間関係において、私たちは純粋な合理性だけでなく、感情、公平性、利他性、社会規範など、様々な要因に影響を受けて意思決定をしていることを教えてくれます。

まとめ

今回ご紹介した最後通牒ゲームと独裁者ゲームは、ゲーム理論の枠組みで日常の「分け前」や「公平さ」というテーマを考えるための入り口となります。ゲーム理論は、プレイヤーの合理性を仮定して状況を分析しますが、実際の人間はそれだけでは説明できない多様な動機を持っています。

ゲーム理論の視点を持つことで、自分自身や相手がなぜ特定の行動をとるのか、その背景にある「合理的な」理由だけでなく、感情や社会的な側面がどのように絡み合っているのかに気づくことができるかもしれません。このような洞察は、私たちの日常的な人間関係やパートナーシップをより深く理解し、より良い関係を築いていくためのヒントとなるのではないでしょうか。