パートナーシップの数理

ゲーム理論「囚人のジレンマ」で読み解く:協力と対立のメカニズム

Tags: ゲーム理論, 囚人のジレンマ, 協力, 対立, 人間関係

人間関係における協力と対立

私たちは日々の生活の中で、様々な人々と関わりながら意思決定を行っています。友人、家族、同僚、ビジネスパートナーなど、誰かと協力することもあれば、利害が対立することもあるでしょう。

相手と協力すればお互いにとって良い結果が得られるはずなのに、なぜかうまくいかずに関係がこじれてしまったり、つい自分の利益を優先してしまったり、という経験をお持ちの方もいらっしゃるかもしれません。

このような、個人の選択と全体の結果が複雑に絡み合う状況を分析するための道具の一つに、「ゲーム理論」があります。ゲーム理論は、人々がどのような戦略を選び、その結果どうなるかを予測しようとする学問です。

今回は、ゲーム理論の中でも特に有名な例である「囚人のジレンマ」を通して、人間関係における協力と対立のメカニズムについて考えてみたいと思います。

「囚人のジレンマ」とはどのような状況か

「囚人のジレンマ」は、ある特別な状況を設定した思考実験です。どのような状況か見てみましょう。

二人の容疑者(仮にAさんとBさんとします)が逮捕されました。二人は共犯で重い罪を犯した疑いがありますが、決定的な証拠はありません。警察は二人を別々の部屋に連れて行き、互いに連絡を取れないようにした上で、それぞれに同じ取引を持ちかけます。

その取引の内容は以下の通りです。

  1. もし、あなたが相棒を「裏切り」、相棒が黙秘すれば: あなたは釈放されますが、黙秘した相棒は懲役10年となります。
  2. もし、あなたが黙秘し、相棒があなたを「裏切り」れば: あなたは懲役10年となりますが、裏切った相棒は釈放されます。
  3. もし、あなたも相棒も共に「黙秘」すれば(協力): 二人とも証拠不十分で軽い罪となり、共に懲役1年となります。
  4. もし、あなたも相棒も共に「裏切り」れば(対立): 二人とも罪が重くなり、共に懲役5年となります。

これが「囚人のジレンマ」の基本的な状況です。ここでの「黙秘」は相棒と協力する戦略、「裏切り」は自分の利益を優先する戦略と考えられます。

この状況をゲーム理論で整理する

この状況をゲーム理論で考える際に重要な要素は、以前の記事でも触れた「プレイヤー」「戦略」「利得」です。

二人のプレイヤーがそれぞれ二つの戦略を持つので、組み合わせは4通りになります。先ほどの取引内容を、それぞれのプレイヤーの視点から見てみましょう。

これは驚くべき結果です。Bさんがどちらの戦略を選んだとしても、Aさんにとっては「裏切り」を選ぶ方が、自分自身の懲役年数を少なくできるのです。

このように、相手がどのような選択をしても、自分にとって常に有利になる戦略を「支配戦略」と呼ぶことがありますが、まさに「裏切り」がそれぞれのプレイヤーにとっての支配戦略になっているのです。(ここでは専門用語として覚える必要はありません。考え方としてご理解いただければ十分です。)

なぜ「ジレンマ」なのか

さて、二人のプレイヤーはそれぞれ相手がどう出ようとも自分にとって最善となる「裏切り」という戦略を選ぶ可能性が高いです。その結果、二人は共に「裏切り」を選び、共に懲役5年という結果になります。

しかし、もし二人が協力して「黙秘」を選んでいれば、二人の懲役は共に1年で済んだはずです。

つまり、個々のプレイヤーが自分自身の利益だけを追求して合理的な選択をした結果、二人にとって最善ではない結果に陥ってしまうのです。これが「囚人のジレンマ」と呼ばれる所以です。協力すればお互いにとってより良い結果になる可能性があるにも関わらず、信頼できない状況では協力が崩壊してしまう構造を示しています。

日常の人間関係に潜む「囚人のジレンマ」

この「囚人のジレンマ」の構造は、私たちの日常の様々な場面に潜んでいます。

例えば、職場で二人の同僚が協力して一つのプロジェクトを進めているとします。二人で真面目に協力すれば、プロジェクトは成功し、二人とも良い評価を得られます。しかし、もしどちらか一方が手を抜いて相手に任せきりにすれば、自分は楽できますが、相手に負担がかかります。相手も同じことを考えるかもしれません。

このような考え方をしてしまうと、結局二人とも手を抜いてしまい、プロジェクトが失敗したり、本来得られたはずの良い結果が得られなくなったりします。まさに「囚人のジレンマ」と同じ構造です。

他にも、友人との共同作業、夫婦間の家事分担、ビジネスにおける競合他社との価格競争など、相手の出方によって自分の最適な行動が変わる、そして個人の最適な行動が全体の不利益につながりうる状況は数多く存在します。

「囚人のジレンマ」から何を学ぶか

「囚人のジレンマ」は、人間関係において「協力」がなぜ難しいのか、その根本的な理由の一つを示しています。個人の合理的な判断だけでは、必ずしも集団にとって望ましい結果にはならないことがあるのです。

では、私たちはこのジレンマからどのように抜け出せば良いのでしょうか。

「囚人のジレンマ」は、一度きりの関係(単発ゲーム)においては「裏切り」が最も安全で合理的な選択肢となることが多いことを示唆します。しかし、現実の人間関係やビジネスは、一度きりで終わることは少なく、繰り返し相手と関わることがほとんどです(反復ゲーム)。

関係が繰り返される場合、相手の過去の行動を考慮に入れて戦略を変えることができるようになります。例えば、もし相手が前回協力してくれたなら今回も協力しよう、しかしもし相手が裏切ったなら次回は自分も裏切ろう、といった戦略です。このような戦略は、長期的な関係においては協力を促進する可能性があります。

「囚人のジレンマ」は、信頼、評判、将来の関係性といった要素が、個人の合理的な選択だけでなく、協力を持続させる上でいかに重要であるかを示唆しているとも言えます。ゲーム理論は、このような複雑な人間関係の駆け引きや意思決定の背後にある構造を理解するための一つの視点を提供してくれるのです。

今回の「囚人のジレンマ」のように、ゲーム理論の考え方を借りることで、私たちが日々直面する人間関係やパートナーシップの複雑さを、少し整理して理解する手助けになることがあるのです。

この記事が、ゲーム理論の面白さに触れるきっかけとなれば幸いです。