ゲーム理論「選好」入門:人間関係で「価値観の違い」を理解するヒント
「なぜ、あの人はいつもそういう選択をするんだろう?」
日々の生活や仕事の中で、パートナーや同僚、友人の言動に対して、そう疑問に思うことはありませんか。自分にとっては全く考えられないような行動を、相手が当然のように選ぶのを見て、価値観の違いを感じることもあるでしょう。
ゲーム理論は、人がなぜ特定の行動をとるのか、そしてその行動が互いにどのように影響し合うのかを考えるための枠組みを提供します。その中で、「選好」という概念は、人が意思決定を行う際の基本的な要因を理解する上で非常に重要になります。今回は、このゲーム理論における「選好」という考え方を、難しい数式を使わずに、人間関係の具体的な例を通してご紹介します。
ゲーム理論における「選好」とは?
ゲーム理論では、意思決定を行う主体を「プレイヤー」と呼びます。各プレイヤーは、いくつかの可能な「戦略」(行動の選択肢)の中から一つを選びます。そして、それぞれの戦略の組み合わせによって得られる結果に対して、「利得」という形で評価が与えられます。
ここで登場するのが「選好」です。選好(Preference)とは、簡単に言えば、複数の選択肢や結果に対して、プレイヤーがどのような「好み」や「評価」を持っているかを示す概念です。
例えば、昼食に「カレー」と「パスタ」の二つの選択肢があったとします。
- ある人は、どんな時でもカレーの方がパスタより好きかもしれません。
- 別のある人は、パスタの方が好きかもしれません。
- さらに別のある人は、どちらを選んでも同じくらい満足するかもしれません。
この、「カレーとパスタ、どちらをより好むか」という個人の評価が、ゲーム理論で言う「選好」にあたります。選好は、その人がどのような基準で物事を評価し、価値を置いているかを示唆しています。
数学的には、選好は順序や同等性を表す記号を使って定義されますが、ここでは「AはBより好ましい」「AとBは同じくらい好ましい」といった、私たちが普段から感じている「好み」や「評価の順位付け」のことだと理解していただければ十分です。
選好が私たちの行動にどう影響するか
私たちは、通常、自分の選好に基づいて行動を選択します。カレーがパスタより好きならば、他の条件が同じであれば、カレーを選ぶでしょう。これは、ゲーム理論で言えば、プレイヤーが自分の選好に最も合致する(あるいは、最も利得が高くなる)戦略を選ぶと考えることにつながります。
ゲーム理論では、プレイヤーは合理的であると仮定することが多いですが、この「合理性」とは、必ずしも「客観的に見て正しい」という意味ではなく、「自分の選好に基づいて、矛盾なく一貫した選択をする」という意味合いが強いのです。
つまり、ある人が特定の行動をとるのは、それがその人にとって「最も望ましい」「最も価値がある」と判断される結果につながると考えているからだ、とゲーム理論は捉えます。
人間関係やパートナーシップにおける「選好」
ゲーム理論を人間関係に応用して考える際に、「選好」の概念は非常に有用です。なぜなら、関わる相手もまた、自分とは異なる独自の選好を持っているからです。
例えば、パートナーと休日にどこへ行くか決めるとします。
- あなたは「家でゆっくり過ごすこと」を選好するかもしれません。
- パートナーは「外に出てアクティブに活動すること」を選好するかもしれません。
この場合、お互いの選好が異なります。あなたが家で過ごすことを提案しても、パートナーは外に出ることを提案するかもしれません。これは、どちらかが間違っているのではなく、単に評価の基準や、何を「より望ましい結果」と考えるかが異なっているだけです。
職場のプロジェクトで、複数の進め方がある場合も同様です。
- ある同僚は、「リスクを最小限に抑えること」を選好するかもしれません。
- 別の同僚は、「最新技術を導入して効率化を図ること」を選好するかもしれません。
それぞれの同僚の提案や主張は、彼らが何を最も価値があると考えているか、つまり彼らの「選好」に基づいています。
このように、人間関係における多くの「価値観の違い」や、それに伴う意見の対立は、突き詰めればお互いの「選好」の違いに起因していると考えることができます。
相手の選好を理解することの意義
ゲーム理論的に相手の行動を理解しようとする際に、その人がどのような「選好」を持っているかを推測する視点は非常に役立ちます。
- 行動の背景を理解する: 相手の行動が、自分には不可解に思えても、「この人は〇〇という状態を私よりも強く選好するから、このような行動をとったのではないか?」と考えてみることで、その行動の背後にある理由や動機が推測しやすくなります。これは、相手への不満や疑問を、理解へと繋げる一歩になり得ます。
- 対立を乗り越えるヒント: 意見が対立した場合でも、お互いが何を「より望ましい」と考えているのか(つまり、お互いの選好)を明確にすることで、単なる感情的な衝突ではなく、何が本質的な違いなのかが見えてきます。お互いの選好を考慮した上で、全員がより満足できるような第三の選択肢を探る(ゲーム理論で言うところの「パレート改善」を探す)可能性も生まれます。
- より良い協力関係の構築: パートナーやチームメンバーの選好を理解していると、共同での意思決定がスムーズに進みやすくなります。相手が何を大切にしているかを知っていれば、提案の内容を調整したり、お互いが納得できる着地点を見つけたりするためのヒントが得られます。
もちろん、人間の選好は常に一貫しているわけではありませんし、状況によって変化することもあります。また、自分の選好を正確に把握し、他者に伝えることも簡単ではありません。しかし、「相手にも自分と同じように、何かを『より好ましい』と感じる基準(選好)があり、その基準に基づいて行動を選択している」という視点を持つことは、人間関係をより深く理解し、より建設的な関わり方を探る上で、ゲーム理論が提供してくれる貴重な考え方の一つと言えるでしょう。
まとめ
今回は、ゲーム理論の基本的な概念である「選好」について、人間関係における「価値観の違い」を理解するための視点としてご紹介しました。
- 選好とは、複数の選択肢や結果に対する個人の「好み」や「評価の順位付け」です。
- 人は、自分の選好に沿って行動を選択する傾向があります。
- 人間関係における多くの対立や疑問は、お互いの選好の違いに起因することがあります。
- 相手の選好を理解しようと努めることは、行動の背景を理解し、対立を乗り越え、より良い協力関係を築くための重要なヒントになります。
数学的な難しさを抜きにして、ゲーム理論の「選好」という考え方を日常の人間関係に当てはめてみることで、なぜ人はそう動くのか、そしてどうすればより良い関係を築けるのかについて、新たな気づきが得られるかもしれません。