ゲーム理論「混合戦略」入門:人間関係で「予測不能」な振る舞いの理由
「あの人の考えていることが読めない」「どうして急にこんな行動をとるのだろう」
私たちの日常や人間関係において、相手の行動が予測できず、戸惑うことは少なくないかもしれません。特に、繰り返し関わる相手であればあるほど、「次はこのパターンだろう」と予想するものの、その予想が外れるといった経験をお持ちの方もいらっしゃるのではないでしょうか。
なぜ人は、あえて相手に読まれないような、あるいは予測不能に見えるような振る舞いをすることがあるのでしょうか。ゲーム理論には、この「予測不能性」や「あえて確率に委ねる選択」を理解するための重要な概念があります。それが「混合戦略」です。
今回は、ゲーム理論における混合戦略の考え方を、難しい数式を使わずに、私たちの身近な人間関係や日常の例を通してご紹介します。
純粋戦略と混合戦略
ゲーム理論では、ゲームに参加する主体を「プレイヤー」と呼びます。プレイヤーは、ゲームの状況に応じて「戦略」を選択します。戦略とは、どのような状況でどのような行動をとるか、というプランのことです。
これまでの記事でご紹介してきた例の多くでは、プレイヤーが「これだ」と決めた一つの行動を常に選ぶことを想定していました。例えば、「相手が協力してきたら自分も協力する」「相手が裏切ってきたら自分も裏切る」といったように、特定の状況に対して一つの行動を対応させる戦略です。このような、一つの行動を確定的に選ぶ戦略のことを、ゲーム理論では「純粋戦略」と呼びます。
これに対して、「混合戦略」とは、複数の純粋戦略の中から、ある確率に基づいて一つを選んで実行する戦略です。簡単に言えば、「サイコロを振って出た目に応じて、Aの行動をとるか、Bの行動をとるか、Cの行動をとるかを決める」といったイメージです。プレイヤーは、ゲームが始まる前に、それぞれの純粋戦略をどのくらいの確率で選ぶかを決めます。そして、実際にゲームをプレイする際には、その確率に従って無作為に(ランダムに)戦略を選択するのです。
なぜ「混合戦略」を使うのか?
なぜ、わざわざ確率に委ねるような、一見非合理的に思える戦略をとる必要があるのでしょうか。混合戦略を用いる主な理由は、相手に自分の行動を読まれないようにするためです。
もしあなたが常に同じパターンで行動していると、相手はあなたの戦略を予測し、それに対する最適な対応をとることができます。しかし、あなたが混合戦略を用いて行動を確率的に変えることで、相手はあなたの次の行動を確実に予測することが難しくなります。これにより、相手の戦略を混乱させたり、相手が特定の純粋戦略に固執することのメリットを減らしたりする効果が期待できます。
例えば、じゃんけんを考えてみましょう。じゃんけんの必勝法は「相手に読まれないように、グー、チョキ、パーをそれぞれ3分の1ずつの確率で出すこと」だと言われます。これはまさに混合戦略です。もしあなたが「パー」を出すことが多いと相手にバレてしまったら、相手は次の手に「チョキ」を出してくる可能性が高まります。しかし、あなたがランダムに手を変えることで、相手はどの手を出すのが最も有利かを判断しづらくなります。
日常や人間関係における「混合戦略」の例
純粋なゲーム理論のモデルで計算されるような厳密な確率に基づいて行動することは、日常ではほとんどありません。しかし、「相手に読まれないように、あえてパターンを変える」という考え方は、様々な場面で見られます。
- 待ち合わせ場所や時間をあえてランダムに変える: 毎回同じ場所や時間だと、相手に特定の行動(例:遅れてくる)を読まれてしまうかもしれません。少し場所や時間をずらすことで、相手に「予測できないから、ちゃんと時間通りに行こう」と思わせる効果があるかもしれません。
- 交渉における落としどころ: 常に同じラインで譲歩したり、常に同じ要求を繰り返したりすると、相手はあなたの譲歩限度や要求パターンを読み切って、交渉を有利に進めようとするかもしれません。交渉のたびに、どこで強く出て、どこで譲歩するかを少しずつ変えることで、相手はあなたの本心を探りづらくなります。
- パートナーとの休日の過ごし方: いつも同じルーティンだとマンネリ化したり、相手に「どうせこうなるだろう」と決めつけられたりすることがあるかもしれません。たまにはこれまで行ったことのない場所に急に出かけたり、普段はやらないことに挑戦したりと、少し予測不能な要素を加えることで、関係性に刺激を与え、新鮮さを保つことができます。
- サプライズ: 良い意味での「予測不能性」の代表例です。相手の予想を良い意味で裏切ることで、喜びや感動を生み出します。これも、「相手の予測」というゲームにおける戦略的な要素と言えるかもしれません。
もちろん、これらの例は厳密なゲーム理論の混合戦略そのものではありません。しかし、「相手に読まれないように、行動に多様性や無作為性を持たせる」という根本的な考え方は共通しています。
混合戦略と人間関係の理解
ゲーム理論において、プレイヤーたちが互いに混合戦略を採用することで、誰か一人が純粋戦略に切り替えてもより有利になることがないような、安定した状態に落ち着くことがあります。これを「混合戦略ナッシュ均衡」と呼びます。相手があなたの混合戦略に対応するために混合戦略を使う、あなたも相手の混合戦略に対応するために混合戦略を使う、というように、互いに予測し合いつつも、あえて予測できないように振る舞い合うことで生まれる均衡状態です。
人間関係において、私たちは常に互いの行動を予測し、それに反応しています。混合戦略の考え方は、「なぜあの人は時々パターンを崩すのだろう?」「どうして自分の行動を読ませないようにしているのだろう?」といった疑問に対して、一つの視点を提供してくれます。それは、相手が単に気まぐれなのではなく、意識的か無意識的かを問わず、「相手に読まれることによる不利益」を避けるための、あるいは関係性においてある種の不安定さを持ち込むことによる利益(例:マンネリ回避、交渉主導権の維持)を得るための「戦略」として、あえて予測不能な振る舞いを選んでいる可能性がある、という見方です。
まとめ
ゲーム理論の混合戦略は、「複数の戦略を確率的に選択する」という考え方です。これは、特に相手に自分の行動を読まれることが不利になる状況で有効な戦略となり得ます。
私たちの日常や人間関係においても、厳密な計算に基づいているわけではないにしても、「あえてパターンを変える」「少し予測不能な振る舞いをする」といった行動は、相手に読まれないことや関係性の固定化を防ぐといった目的のために見られます。
ゲーム理論の混合戦略の考え方を知ることで、私たちは自分自身の意思決定において「あえて予測できない要素を加える」ことの有効性を検討したり、他者の予測不能に見える行動の背景にあるかもしれない意図を推測したりするヒントを得ることができるでしょう。全ての人間関係が計算で割り切れるわけではありませんが、こうした戦略的な視点を持つことは、パートナーシップの多様な側面の理解に繋がるかもしれません。