ゲーム理論「ミニマックス戦略」入門:人間関係で「最悪の事態」を避ける考え方
相手がどう出るか分からない。そんな不安への対処法
私たちは日々の生活の中で、様々な人々と関わりながら意思決定をしています。仕事のパートナー、友人、家族など、その相手は様々です。多くの場合、相手が自分の行動に対してどのように反応するか、あるいは相手がどのような行動をとるかは、私たちにとって完全には分かりません。相手の考えや意図が読めないとき、私たちは不安を感じたり、「もし相手が自分にとって一番困ることをしたらどうしよう」と考えたりすることがあります。
このような、相手の行動に不確実性がある状況で、どのように自分の行動を決めるべきでしょうか。特に、最悪の事態だけは避けたい、自分の最低限の利益だけは確保したい、と考える場合、どのような方針が考えられるでしょうか。
ゲーム理論には、このような状況で役立つ一つの考え方があります。それが「ミニマックス戦略」です。今回は、このミニマックス戦略とはどのような考え方なのか、そしてそれが私たちの人間関係やパートナーシップにおいて、どのように応用できるのかを、難しい数式を使わずに見ていきたいと思います。
ゲーム理論の基本的な考え方のおさらい
まず、ミニマックス戦略を理解するために、ゲーム理論の基本的な考え方を簡単におさらいしておきましょう。ゲーム理論では、人々の相互作用を「ゲーム」として捉えます。
- プレイヤー: ゲームに参加している意思決定を行う人や組織のことです。
- 戦略: 各プレイヤーがとることができる行動の選択肢のことです。
- 利得: 各プレイヤーが特定の戦略の組み合わせを選んだ結果として得られる成果や満足度を表します。プラスの値が大きいほど望ましい結果と考えます。
通常、ゲーム理論で分析する際には、各プレイヤーの戦略と、その戦略の組み合わせによって得られる利得を一覧にした「利得行列」などを用いて考えます。そして、プレイヤーは自分の利得を最大にするように、どの戦略をとるかを選択すると仮定します。
ミニマックス戦略とは何か? 「最悪の中での最善」を選ぶ考え方
ミニマックス戦略は、「相手が自分にとって最も不利になるように行動する」と仮定した場合に、自分の利得を最大にするような戦略を選ぶという考え方です。少し言葉が難しいかもしれませんが、これはつまり、「もし最悪の事態が起こるとしたら、その中で自分にとって最も良い結果になるような手を選ぶ」ということです。
この考え方を分解してみましょう。
- 自分の各戦略に対して、相手が自分にとって最も不利になる行動(つまり、自分の利得が最も小さくなる行動)を想像します。
- 自分の各戦略について、「相手が最悪の行動をとった場合の、自分の最低限の利得」を特定します。
- 特定した「最低限の利得」の中から、最も大きい値になる戦略を選びます。
このように、「最小値(ミニ)の中から最大値(マックス)を選ぶ」ことから、「ミニマックス戦略」と呼ばれています。これは、自分の利得の「安全保障水準」を最大限に高める戦略であると言うこともできます。つまり、相手がどう出ようと、少なくともこのレベルの利得は確保できる、という水準を最も高くするということです。
ミニマックス戦略を日常の例で考える
具体的な例で考えてみましょう。
例えば、あなたが新しいプロジェクトチームのメンバーとして、あまりよく知らない同僚と一緒にタスクを進めることになったとします。あなたは、同僚の仕事の進め方やスキルレベルがよく分かりません。もし同僚が納期ぎりぎりまで動かなかったり、思っていたよりスキルが低かったりすると、あなたが後で大変な思いをするかもしれません。
このような状況で、あなたの「戦略」は、タスクの分担や進め方についていくつかの選択肢を持つとします。例えば、
- 戦略A:同僚を信頼して、タスクの大部分を任せる。
- 戦略B:自分自身で大部分のタスクをこなし、同僚には補助的な作業だけを頼む。
- 戦略C:タスクを細かく分け、お互いの進捗を頻繁に確認しながら進める。
相手(同僚)の「戦略」は、あなたにとって「協力的に効率よく進める」かもしれませんし、「自分の都合を優先して進める(あなたにとって不利な行動)」かもしれません。
ここでミニマックス戦略の考え方を使ってみましょう。
- 戦略A(大部分を任せる)を選んだ場合: もし同僚があなたにとって最も不利な行動(例えば、全然動かない)をとると、あなたは全てのタスクを一人で抱え込むことになり、非常に大変な状況(利得が非常に小さい)になるでしょう。
- 戦略B(自分で大部分をこなす)を選んだ場合: もし同僚があなたにとって最も不利な行動をとったとしても、あなたは自分で大部分をこなすため、少なくともタスクは完了できます。もちろん負担は大きいですが、戦略Aよりは「最悪の結果」は避けられるかもしれません(戦略Aの最悪よりは利得が大きい)。
- 戦略C(頻繁に確認)を選んだ場合: 同僚が不利な行動をとろうとしても、頻繁な確認があるため、完全に放置されるような最悪の事態は防げるかもしれません。しかし、それでも遅延などの影響は受けそうです(戦略Bの最悪よりは利得が大きいか、同程度か)。
このように考えたとき、もしあなたが「とにかく最悪の事態(納期遅れで自分が全責任を負うなど)だけは避けたい」と強く思うのであれば、戦略Aの「相手が最悪の場合」の利得(非常に小さい)よりも、戦略Bや戦略Cの「相手が最悪の場合」の利得の方が大きいと考えられます。そして、戦略Bと戦略Cの「最悪の場合」の利得を比較して、より高い方の利得を保証してくれる戦略を選ぶ、というのがミニマックス戦略の考え方です。
パートナーシップにおけるミニマックス戦略の応用
ミニマックス戦略は、特に以下のような人間関係やパートナーシップの状況で、私たちの意思決定に示唆を与えてくれます。
- 新しい関係の始まり: 相手の信頼性や意図がまだ不明確な関係では、相手があなたにとって不利な行動をとる可能性も考慮に入れ、「もし裏切られたらどうなるか」という最悪のケースを想定し、その中で自分の損害を最小限に抑える、あるいは最低限の利益を確保できるような振る舞いを選ぶことが考えられます。
- リスクの高い交渉: 重要な交渉において、相手が非協力的な態度をとったり、あなたの弱みにつけ込んだりする可能性がある場合、ミニマックス戦略は、相手が最も強硬な姿勢をとったとしても、自分が受け入れられる最低限の条件を確保することを目標とする考え方につながります。
- 自己防衛: 人間関係において、自分が傷つくことを極度に恐れる場合、ミニマックス的な思考に陥ることがあります。「もし心ない言葉を言われたら」「もし期待を裏切られたら」という最悪のシナリオを想定し、あえて関係性を深めない、感情を表に出さないといった行動を選ぶことがあるかもしれません。
ミニマックス戦略の限界
しかし、ミニマックス戦略は常に最善の選択肢となるわけではありません。なぜなら、この戦略は「相手が自分にとって最も不利になるように行動する」という、かなり悲観的な、あるいは警戒心が強い仮定に基づいているからです。
もし相手が実際には協力的であったり、あなたに敵意を持っていなかったりする場合、ミニマックス戦略に従うことで、本来得られたはずのより大きな利益(例えば、相手を信頼して協力することで得られる相乗効果など)を逃してしまう可能性があります。また、常に最悪を想定して行動することは、相手からの信頼を得ることを難しくしたり、関係性を発展させる機会を失ったりすることにもつながりかねません。
まとめ:最悪への備えと関係構築のバランス
ミニマックス戦略は、相手の行動が不確実で、特に最悪の事態を避けたい場合に、自分の安全を最大限に確保するという点で有効な考え方です。これは、新しい関係やリスクの高い状況で、自分の最低限のラインを守るための防御策として機能します。
しかし、人間関係の多くは、信頼や協力、時には互いにある程度のリスクを受け入れることによって発展していきます。常にミニマックス戦略に基づいて行動することは、自己防衛にはなっても、豊かなパートナーシップを築く上での障害となる可能性もあります。
ゲーム理論は、ミニマックス戦略の他にも、相手の行動を予測する「最適反応」や、協力によって互いの利得を最大化する考え方など、多様な視点を提供します。ミニマックス戦略は、それらの多様な考え方の一つとして理解し、状況に応じて、どの程度「最悪への備え」が必要なのか、「相手への信頼や協力」に賭けるべきなのか、そのバランスを考えるための道具として活用することができるでしょう。
私たちの日常の人間関係や意思決定は複雑ですが、ゲーム理論のような考え方を通じて、その根底にある力学を整理し、理解を深める手助けとなることを願っています。