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ゲーム理論「支配戦略」入門:人間関係で「最善手」を選ぶ考え方

Tags: ゲーム理論, 支配戦略, 意思決定, 人間関係, パートナーシップ

パートナーシップの数理へようこそ。

私たちは日々、様々な場面で選択を迫られています。そして、その選択は往々にして、相手の出方や周囲の状況によって影響を受けます。例えば、会議での発言、友人との休日の過ごし方、共同でのプロジェクトの進め方など、相手の行動を予測したり、あるいは相手の行動を見てから自分の行動を決めたりすることがあります。

このように、相手の行動を考慮して自分の最適な行動を選ぶことは、ゲーム理論で扱うテーマの一つです。しかし、時には「相手がどう来ようと、自分はこの選択をするのが一番良い」と感じる状況はないでしょうか。ゲーム理論には、このような状況を説明するための「支配戦略」という考え方があります。

今回は、この「支配戦略」という概念を、難しい数式を使わずに、私たちの日常や人間関係における例を通してご紹介いたします。

ゲーム理論における「支配戦略」とは

ゲーム理論では、意思決定の場面を「ゲーム」として捉えます。ゲームには「プレイヤー」(意思決定を行う主体)、プレイヤーが選べる「戦略」(行動の選択肢)、そしてそれぞれの戦略を選んだ結果として各プレイヤーが得る「利得」(結果の評価)があります。

「支配戦略(Dominant Strategy)」とは、あるプレイヤーにとって、相手がどの戦略を選んだとしても、自分がその戦略を選んだ場合の利得が、他のどの戦略を選んだ場合の利得よりも常に高い(または少なくとも等しい)という戦略のことを指します。

もう少し噛み砕いて説明します。あなたが何らかの選択をしようとしているとします。複数の選択肢がある中で、ある特定の選択肢について、「相手がどういう行動を取るかにかかわらず、他のどの選択肢を選ぶよりも、この選択肢を選んだ方が自分にとって良い結果になる」という状況です。この「他のどの選択肢よりも良い結果になる」選択肢こそが、あなたの「支配戦略」となるのです。

支配戦略は、さらに「厳密な支配戦略」と「弱い支配戦略」に分けられます。 - 厳密な支配戦略: 相手がどの戦略を選んでも、自分がその戦略を選んだ場合の利得が、他のどの戦略を選んだ場合の利得よりも常に高くなる場合。 - 弱い支配戦略: 相手がどの戦略を選んでも、自分がその戦略を選んだ場合の利得が、他のどの戦略を選んだ場合の利得よりも常に等しいか高くなり、相手の少なくとも一つの戦略に対しては高くなる場合。

通常、単に「支配戦略」という場合は「厳密な支配戦略」を指すことが多いです。この記事でも、主に厳密な支配戦略の考え方に焦点を当てて解説を進めます。

具体的な例で「支配戦略」を理解する

では、身近な例で支配戦略の考え方を見ていきましょう。

例1:共同プロジェクトのタスク分担

あなたと同僚で共同プロジェクトを進めているとします。プロジェクトには2つの主要なタスクAとタスクBがあり、どちらか一方をあなたが担当し、もう一方を同僚が担当することになります。タスクAは骨が折れますが、達成感や評価が得やすいタスク、タスクBは比較的簡単ですが、あまり目立たないタスクだとします。

あなたの選択肢(戦略)は「タスクAを選択する」か「タスクBを選択する」かです。同僚の選択肢も同様です。

ここで、あなたが自身の経験やスキル、キャリアプランなどを考慮した結果、以下のように考えたとします。

さらに、あなたが「自分がタスクAを担当することは、たとえ同僚がどちらを選んだとしても、タスクBを担当するよりも、スキルアップや経験値の面で長期的に自分にとってより良い結果をもたらす」と確信しているとします。

つまり、 * 同僚がタスクAを選んだとしても、あなたがタスクAを選んでタスクBを同僚に任せた方が、タスクBを選んでタスクAを同僚に任せるよりも「あなたにとって」良い。 * 同僚がタスクBを選んだとしても、あなたがタスクAを選んでタスクBを同僚に任せた方が、タスクBを選んでタスクAを同僚に任せるよりも「あなたにとって」良い。

このような状況であれば、あなたの戦略「タスクAを選択する」は、相手(同僚)の戦略にかかわらず、あなたにとって他の戦略(タスクBを選択する)よりも常に高い利得をもたらします。この場合、「タスクAを選択する」はあなたの支配戦略となります。

例2:人間関係におけるコミュニケーション

もう少し抽象的な人間関係の例を考えてみましょう。あなたは友人に対して、何か率直な意見を伝えるかどうか迷っているとします。戦略は「率直に伝える」か「伝えるのを控える」かです。友人の反応は「受け入れる」か「反発する」かのどちらかだと考えられます。

ここで、あなたが「たとえ友人が反発したとしても、あるいは受け入れたとしても、率直に伝えることで自分の誠実さを示すことができ、長期的な関係性において、伝えるのを控えてモヤモヤした感情を抱え続けるよりも精神的に健全でいられる」と考えているとします。つまり、率直に伝えることによる「精神的な安定」や「自己肯定感」といった利得が、相手の反応に関わらず、伝えるのを控えるよりも大きいと評価しているのです。

この場合、あなたの戦略「率直に伝える」は、相手の反応(友人の戦略)にかかわらず、あなたにとって支配戦略となり得ます。

支配戦略が示唆すること

支配戦略が存在する場合、そのプレイヤーは相手の行動を予測したり、相手の行動を見てから自分の行動を決めたりする必要がありません。なぜなら、相手がどう行動しようと、自分の最善の行動は決まっているからです。

これは、私たちの日常生活において、相手の顔色を伺いすぎたり、状況に流されてしまったりするのではなく、自分の「軸」を持って意思決定することの重要性を示唆しているとも言えます。「自分がどうありたいか」「自分にとって何が最も大切か」という基準が明確であれば、それが相手の行動に左右されない「支配戦略」として機能し、一貫性のある行動や意思決定に繋がる可能性があるのです。

支配戦略が「ない」場合

しかし、ゲーム理論において、そして実際の人間関係において、全ての状況で支配戦略が存在するわけではありません。多くの場合、あなたの最適な行動は、相手がどのような行動を取るかによって変わります。

例えば、レストランで友人とメニューを選ぶ際に、相手が何を選ぶかによって自分が食べたいものが変わる(例えば、同じものを避けたい、あるいはシェアしたい、など)という状況はよくあります。この場合、相手の行動を見てから自分の行動を決めたり、相手の行動を予測して自分の行動を決めたりすることになります。このような状況では、支配戦略は存在しません。

支配戦略が存在しない場合に、プレイヤーはどのように意思決定を行うべきか、あるいは結果としてどのような状態が安定するのかを分析するのが、ゲーム理論の他の概念(例えば、「最適反応」や「ナッシュ均衡」など)の役割となります。

まとめ

ゲーム理論の「支配戦略」という概念は、「相手がどう動こうと、自分にとってこれが最も良い選択肢である」という状況を捉える考え方です。これは、常に相手の行動に振り回されるのではなく、自分の価値観や目標に基づいた「最善手」を見つけるヒントを与えてくれます。

ただし、すべての状況に支配戦略があるわけではありません。多くの場合、私たちの意思決定は相手の行動と密接に関わっています。ゲーム理論は、このような様々な状況における私たちの意思決定の構造を理解するための豊かな視点を提供してくれます。

この記事を通して、「支配戦略」という言葉が、あなたの日常の意思決定を考える上で、少しでもお役に立てば幸いです。

次回は、支配戦略がない場合に重要となる「最適反応」の概念についてご紹介する予定です。


(記事終わり)